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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7651号 判決

原告

浜坂福夫

外五名

右六名訴訟代理人

橋元四郎平

外二名

被告

石山家電株式会社

右代表者

石山初枝

外一名

被告

石山幸雄

右両名訴訟代理人

田中秀幸

主文

一  被告らは連帯して原告らに対し、各金一〇万五〇〇〇円及び各内金五万五〇〇〇円に対する昭和五一年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは連帯して原告らに対し、各金二一万円及び各内金一六万円に対する昭和五一年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告らは共同して原告らに対し、朝日新聞全国版の紙上に別紙(一)記載の文面及び同(二)記載の要領による謝罪広告を一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに1、3項につき仮執行の宣言〈中略〉

第二  当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  原告浜坂福夫はギター、同吉川雅夫はテインパニー、同西村喜次はトロンボーン、同西村律子はフルート、同宮島基栄はサツクス、同田中みころはピアノの各演奏家であつて、財団法人エヌ・エイチ・ケイ・サービスセンター(以下、「NSC」という。)の発行にかかる昭和四五年版「昭和の記録」所収のカセツトテープに録音された楽器演奏部分につき共同して録音権(著作隣接権)を有する者である。すなわち、右カセツトテープのいわゆるマザーテープは、NSCの依頼に基づき、昭和四五年八月一一日東京都港区青山所在の国際ラジオセンターにおいて、宇野誠一郎の指揮の下に、原告らが前述の各楽器パートを分担して、「昭和の記録」のテーマ、ブリツジ及びバツクグランド・ミユージツクを一体的に演奏し、録音技術者がテープにこれを固定することにより製作されたものであるから、原告らは右マザーテープを増製する権利を有するのである(以下、右マザーテープ及びNSCによるその増製物を総称して「オリジナルテープ」という。)。

2(一)  しかるに、被告(被告石山家電株式会社は商号を石山家電販売株式会社として設立され、昭和五一年六月三〇日現商号に変更した。)らは、共同して、昭和五〇年六月頃原告らの許諾を得ることなく、オリジナルテープを増製してカセツトテープを作成し、これを写真解説集たる書籍とともにA4型変型のパツケージに収め、「聞く昭和史、見る昭和史」と名付けて商品化したうえ、新潟地区及び仙台地区を中心に全国にわたつて七〇〇セツト以上を販売頒布し、よつて原告らの録音権を侵害した。

(二)  ところで、実演家の人格権の保護については、著作権法には特に規定が設けられていないけれども、これは、民法上の不法行為に関する規定によつて十分に保護が図られうるとの立法趣旨に基づくものである。そして、財産権を侵害された場合において、その加害方法が著しく反道徳的であつたり、加害行為が被害者に著しい精神的苦痛を感じさせる状況のもとで行われたときには、その加害行為は同時に被害者の人格権をも侵害するものというべきである。

本件についてこれをみれば、原告らは、いずれも「アンサンブル・フアンタジア」なる名称の楽団の構成員として、NHK関係を中心に幅広く活動し、我国一流の演奏家としての評価を受けているものである。一方被告石山家電株式会社(以下、「被告会社」という。)は、新潟市に本店を置く無名かつ小規模の企業であつて、かねて刑事問題も起こしている評判の良くない会社であり、しかも、被告らはオリジナルテープの増製に当たり品質劣悪なテープを使用したばかりか、右増製物を含む前述の商品をNSC発行のものより三割ないし五割もダンピングして販売したものである。そのため、原告らは、本来我国一流の演奏家であるにもかかわらず、被告会社のような悪質な業者と結び付きがあり、かつ、品質の劣るテープへの録音を許諾するような低級な演奏家であるかのような誤解を招くに至つている。加えて、被告らは、原告らの許諾を得ることなく、オリジナルテープを、何らの修正を加えずに、しかも、大量に増製して販売頒布したのであるから、その違法性は明白かつ重大であり、犯罪行為にも該当する。

右に述べた原、被告らの地位及び被告らの加害行為の違法性の程度等に鑑れば、被告らによる前記無断増製等の行為は、原告らの財産権たる録音権のみならず、その名誉すなわち私法上の一般的人格権をも侵害するものというべきである。

3  被告らは、前記無断増製等の行為が原告らの著作隣接権及び人格権を侵害するものであることを知り、又は少なくとも必要な注意を用いれば知りえたにもかかわらずこれを知らなかつた過失により右の行為に及んだものであるから、右の行為によつて原告らが蒙つた損害を賠償するとともに、原告らの毀損された名誉を回復するための措置をとるべき義務がある。

4  原告らの損害は次のとおりである。

(一) 財産的損害 各金二万円

原告らが前記演奏の録音権を行使するにつき通常受けるべき報酬としては、一名当たり金二万円が相当であるところ、原告らは、被告らの前記無断増製等の行為によつて右得べかりし報酬の支払を受けられず、これと同額の損害を蒙つた。

(二) 慰藉料 各金一〇万円

原告らは、被告らの前記無断増製等の行為によつてその名誉を毀損され、著しい精神的苦痛を蒙つたものであり、これを金銭で慰藉するとすれば、原告ら一名当たり金一〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 各金九万円

原告らは、本訴の提起及びその訴訟追行を原告ら訴訟代理人三名に委任し、原告ら一名当たり、着手金として金四万円を支払うとともに、成功謝金として金五万円を支払うことを約した。

5  被告らは、原告らの毀損された名誉を回復するための措置として、共同して、朝日新聞全国版の紙上に別紙(一)記載の文面及び同(二)記載の要領による謝罪広告を一回掲載する必要がある。

6  よつて、原告らは、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として各金二一万円及び成功謝金分を除く内金一六万円に対する前記侵害行為の後である昭和五一年九月一二日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うこと並びに名誉回復の措置として前記謝罪広告を共同して掲載することを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否〈以下、省略〉

理由

一〈証拠〉を総合すれば、原告らはいずれも「アンサンブル・フアンタジア」なる楽団の構成員であつて、その主張のような各楽器の演奏家であること(ただし、原告吉川雅夫はテインパニーではなく、マリンバの奏者として著名であること)、原告らは、NSCの依頼に基づき、昭和四五年八月一一日国際ラジオセンターにおいて、宇野誠一郎の指揮の下に、ほかに一六名の「アンサンブル・フアンタジア」の楽員とともに、前述の各楽器パートを分担して(ただし、原告吉川雅夫はマリンバ及びテインパニーを担当して)、前記「昭和の記録」のテーマ、ブリツジ及びバツクグランド・ミユージツクを一体的に演奏し、NSCの録音技術者がテープにこれを固定していわゆるマザーテープを製作したこと、そして、NSCは右マザーテープを利用し、これに収録された演奏と、他の音源に基づくナレーシヨン及び実況録音等を総合、編集して前記「昭和の記録」中の録音テープを製作したものであることが認められる。

右認定事実によれば、原告らは、宇野誠一郎及び他の楽員一六名と共同して、オリジナルテープに収録された楽器演奏につき著作隣接権たる録音権を取得したものであり、したがつて、右録音権の一内容としてオリジナルテープを増製する権利を有するものであることが明らかである。

被告本人石山幸雄は、録音物の製作、販売を目的とする業者が演奏家との間で演奏依頼の契約を締結した場合、その演奏の録音権は業者に帰属するのが斯界の通例であるとの趣旨の供述をするけれども、右の場合においては、演奏家の受けるべき報酬が通常の場合よりも著しく高額であるとか、録音権が業者に帰属する旨の特約が存する等特段の事情のない限り、録音権は演奏家に留保されるとみるのが相当であるから、右の供述はにわかに信用することができないし、ほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。

二そこで、被告らが原告ら主張のような無断増製等の行為をしたか否かにつき判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  被告らはいずれも新潟市を本拠として録音物の製作、販売等の業を営むものであるが、被告会社は石山幸雄が設立、育成した会社であり、また、被告石山が製作、納入した録音物の販売を被告会社において行うなど、両者間には極めて密接な関係があること。

(2)  被告らは、遅くとも昭和四八年九月頃には、私的利用のための録音は自由であることを標ぼうし、顧客に録音、増製させることを予定して、NSC発行の前記「昭和の記録」中の録音テープ六巻(すなわちオリジナルテープ)を無償で貸与するが、その際「右録音テープレンタル企画の費用」として協賛金名下に金六、四九〇円の支払を申し受ける旨及び被告貸与者には合わせて「見る昭和史」と題する写真解説集、ブツクケース入りのカセツト生テープ六巻等を進呈する旨を宣伝、広告する一方、「聞く昭和史」と題する録音済みのカセツトテープを製作し、右写真解説集と合わせて商品化したうえ、仙台市の大和産業株式会社、新潟県学校生活協同組合及び被告会社店舗等を通じて一般顧客に販売したこと。

(3)  右大和産業は、昭和四九年六月から昭和五〇年五月までの間に被告会社から前項の商品を合計七三七セツト仕入れたうえ、うち約七〇〇セツトを通信販売の方法によりほぼ全国にわたつて販売し、なお右商品の宣伝用パンフレツトには右商品の写真とともにオリジナルテープの録音内容をそのまま掲記していたが、右商品を購入した顧客から録音内容がパンフレツト掲記のものとは異なる旨の異議が同会社あてに寄せられた形跡はなく、したがつて、右商品中の録音テープはいずれもオリジナルテープと同一の録音内容を有するものであつたと推認されること。

(4)  新潟県岩船郡の女川中学校が昭和四九年一〇月前記新潟県学校生活協同組合を通じて購入した前記商品中の録音テープとオリジナルテープとは録音内容が全く同一であること。

(5)  オリジナルテープは、NSCの委託に基づき、専ら東京電気化学工業株式会社(以下、「TDK」という。)が同会社製のカセツトテープを使用して製作、増製しているものであるが、オリジナルテープ及び同テープに関するTDKの社内規格と、TDKの従業員金子秀夫が被告会社本店で購入した前記商品中の録音テープとを対比してみると、両者は録音内容が同一である反面、オリジナルテープの頭出し時間が一定の誤差内に収まるよう規格化されているのに対し、被告会社販売品のそれには極端なバラツキがあること、前者がステレオ録音であるのに対し、後者はモノーラル録音であること、後者は前者に比して、録音レベルが約一〇デシベル低く、明瞭度に欠け、かつ、高音域が不足していること、また、リーダーテープ及び磁気テープの仕様並びにこれらの接着部の方式を異にするほか、カセツトテープのその他の各構成部品の仕様をも異にする等の差異があり、右被告会社販売品はTDKの製作にかかるオリジナルテープそのものではありえないこと。

以上の認定事実を総合すれば、被告らは、昭和四九年頃から本訴提起(昭和五一年九月三日)までの間、共同して、ほしいままにオリジナルテープを増製して録音済みテープを製作し、これに「聞く昭和史」なる題名を付し、別途製作した「見る昭和史」と題する写真解説集と合わせて商品化したうえ、一般顧客に販売したものであり、しかも、前述の大和産業株式会社を通じて販売された約七〇〇セツトはもとより、新潟県学校生活協同組合及び被告会社店舗を通じて販売された商品も、その大部分は右の無断増製にかかる録音テープを含むものであつたことを推認するに十分である。

被告石山幸雄は、被告らはオリジナルテープを無断で増製したことはなく、被告らが「聞く昭和史」なる題名を付して販売した録音済みテープは、被告らが独自に録音、編集した別個の録音内容を有するものであるか又はオリジナルテープのラベルを剥いで右表題にかかるラベルを貼付したもの、のいずれかである旨供述し、また、被告らは右供述を裏付けるものとして、〈証拠〉を提出しているけれども、前掲各証拠と照合すれば、右供述部分はにわかに信用できないし、また、〈証拠〉の録音物にしても、これらが被告らにより商品化された事実があるかどうか甚だ疑わしいばかりでなく、仮に一部そのような事実があつたとしても、到底前記認定を動かすものとはいえず、ほかに前記認定を覆すに足りる証拠もない。

そうすると、原告らは被告らの前記無断増製等の行為によつてその録音権を侵害されたことになる。

三ところで、原告らは、前述の無断増製等の行為によつて、財産権たる録音権のみならず、私法上の一般的人格権である名誉をも侵害されたと主張する。

もとより、直接的には財産権の侵害に向けられた行為であつても、その侵害の態様及び程度いかんによつては、同時に被害者の名誉をも毀損し、これに対して精神的苦痛を与える場合がありうることは、容易に想定しうるところであり、このような場合には被害者において人格権侵害に基づく責任を追及しうることはいうまでもない。たしかに、著作権法には実演家としての人格権的利益を保護すべき旨の特別規定は存しないけれども、実演家であるが故に、本来一般人として享受しうべき不法行為法による人格権の保護をも否定されなければならない合理的根拠は全く見出しえない。右に反する被告らの主張は採用できない。

そこで、人格権侵害の成否につき検討するに、被告らによる無断増製等の行為の態様は前項で認定したとおりであつて、被告らの増製にかかる録音物は、オリジナルテープがステレオ録音であるのに対し、モノーラル録音であり、また、オリジナルテープに比べて、録音レベルが低く、明瞭度に欠け、しかも、高音域が不足しているという欠点を有するものではあるけれども、一方、被告らの行為はオリジナルテープをそのまま増製したものであるにすぎず、オリジナルテープに収録された原告らの演奏そのものを毀損、変更したわけではないから、原告らが各楽器演奏の分野においてそれぞれ高い評価を受けている演奏家であること、被告会社は新潟市に本拠を置く、とくに著名ともいえない会社であること、被告らにより無断で増製、販売された録音物は相当の数量にのぼること等の事情を参酌しても、原告らの演奏家としての名誉が、被告らの前記無断増製等の行為によつて、その不法行為責任を問わなければならない程に毀損されたとするにはなお不十分であるというほかなく、ほかに右名誉侵害の点を裏付ける資料、証拠もない。

したがつて、原告らの人格権侵害に関する主張は結局理由がないことになる。

四次に第三項で認定した事実経過に徴すれば、被告らはオリジナルテープを増製、販売することが原告らの録音権を侵害するものであることを認識していたと認めるのが相当であるから、被告らは前記無断増製等の行為によつて原告らが蒙つた損害を賠償する義務(不真正連帯債務)を負うものである。

五進んで、原告らの損害につき判断する。

1  〈証拠〉によれば、原告らは、昭和四五年八月NSCの依頼により「昭和の記録」、「やさしいドイツ語」及び「小学生のためのアナウンス教室」のテーマミユージツク等を約三時間にわたつて演奏、録音し、右録音許諾の対価として一名当たり金六〇〇〇円を受領したが、右「昭和の記録」関係の演奏、録音には約二時間三〇分を要したこと、原告らが所属する日本演奏家協会と日本レコード協会との間で昭和四九年二月に取り交された合意書においては、一曲一時間を要する演奏の録音許諾の対価は最低金三三三〇円とされ、昭和五二年七月にはこれがバイオリン、ビオラ、チエロの演奏につき金四〇〇〇円、それ以外の楽器の演奏につき金五〇〇〇円に改訂されたこと、もつとも、原告らは通常右最低料金の少なくとも二倍程度の対価を受けていること、そして、原告浜坂福夫は昭和五一年一〇月、一曲のギター演奏の録音許諾の対価として金一万一一一〇円を得た例があることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実を総合すれば、被告らが前記無断増製等の行為を開始した昭和四九年当時において、原告らが前述の演奏の録音権を行使するにつき通常受けるべき対価は、一名当たり少なくとも金一万五〇〇〇円であつたと認めるのが相当であるから、原告らは、被告らの前記無断増製等の行為によつて右得べかりし対価の支払を受けられず、これと同額の損害を蒙つたことになる。

2  次に、〈証拠〉によれば、原告らは本訴の提起及びその訴訟追行を原告ら訴訟代理人三名に委任し、その手数料(着手金)として原告ら一名当たり金四万円を支払うとともに、いわゆる成功報酬として各金五万円を支払う旨約したことが認められる。

そして、本件の事案の内容、性質及び被告らの抗争の態様等諸般の事情を合わせ考えれば、原告らが負担し又は負担を約した右弁護士費用の全部を、被告らの前記侵害行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。〈以下、省略〉

(秋吉稔弘 佐久間重吉 安倉孝弘)

別紙〈省略〉

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